大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)374号 判決

昭和四四年(ネ)第三二一号事件控訴人

(第一審被告)

株式会社新世界旅行社

右代表者

千葉一雄

代理人

安達十郎

田代博之

昭和四四年(ネ)第三二一号事件被控訴人

同年(ネ)第三七四号事件控訴人

(第一審原告)

太田徳九郎

代理人

円山潔

真木吉夫

昭和四四年(ネ)第三七四号事件被控訴人

(第一審被告)

関園子

代理人

島田徳郎

富岡桂三

昭和四四年(ネ)第三七四号事件被控訴人

(第一審被告)

尾瀬戸喜一

昭和四四年(ネ)第三七四号事件被控訴人

(第一審被告)

田中栄

昭和四四年(ネ)第三七四号事件被控訴人

(第一審被告)

株式会社 フランス屋

右代表者

副田栄一

右四名代理人

吉田豊

主文

一、昭和四四年(ネ)第三二一号事件控訴人の控訴に基づき、原判決中同事件控訴人関係部分を次のとおり変更する。

(一)、同事件控訴人は同事件被控訴人に対し、金一二六万円の支払いを受けるのと引換えに、原判決添付目録四記載の建物から退去して同目録一の(二)記載の土地を明け渡せ。

(二)、同事件被控訴人のその余の請求を棄却する。

二、昭和四四年(ネ)第三七四号事件控訴人の控訴を棄却する。

三、訴訟費用中、昭和四四年(ネ)第三二一号事件控訴人と同事件被控訴人との間に生じた分は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を同事件控訴人、その余を同事件被控訴人の負担とし、昭和四四年(ネ)第三七四号事件につき生じた控訴費用は、同事件控訴人の負担とする。

四、この判決は、主文第一項(一)にかぎり仮に執行することができる。

(原判決添付目録一の(一)記載の土地の面積が「138.57平方メートル(41坪9合2勺)」とあるのを「166.66平方メートル(50坪4合2勺)」と改め、同目録記載の建物の面積の表示のあとに「現況一階24.79平方メートル(7.5坪)二階28.09平方メートル(8.5坪)」を加える。)

事実

第一、申立

一、昭和四四年(ネ)第三二一号事件

控訴代理人は、「原判決中控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、昭和四四年(ネ)第三七四号事件

控訴代理人は、「原判決中被控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人関園子は控訴人に対し、原判決添付目録二、三および五の各建物を収去して同目録一の(一)の土地を明け渡し、かつ、昭和三五年一〇月一七日から昭和三七年五月七日まで一カ月二万一、八〇〇円、昭和三七年五月八日から右明渡しずみにいたるまで一カ月一万八、一〇九円の割合による金員を支払え。控訴人に対し、被控訴人田中栄は原判決添付目録二の建物から、被控訴人株式会社フランス屋は同目録三の建物から、被控訴人尾瀬戸喜一は同目録五の建物の階下部分からそれぞれ退去して、同目録一の(一)の土地(昭和四四年(ネ)第三七四号事件控訴状の控訴の趣旨に一の(二)の土地とあるのは誤記と認める。)のうち当該建物の敷地部分を明け渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二、主張

当事者双方(以下太田徳九郎を第一審原告、株式会社新世界旅行社を第一審被告新世界旅行社、株式会社フランス屋を第一審被告フランス屋、関園子、尾瀬戸喜一および田中栄をいずれも第一審被告関、同尾瀬戸および同田中と、それぞれ称する。)の事実上の主張は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし原判決四枚目―記録五五六丁―裏九行目、原判決五枚目―記録五七丁―表九行目に「被告」とある後に「関」を加え、原判決八枚目―記録六〇丁―裏七行目の「被告関は」の次に「昭和三五年一〇月六日」を加える)。

一、第一審原告代理人は、次のとおり述べた。

第一審原告が第一審被告関に対してなした賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除の主張が理由がないとしても、第一審被告関は、昭和三七年五月八日第一審原告の承諾を得ることなく、李恒鐘に対して自己の所有にかかる原判決添付目録四の建物を第一審原告から賃借中の同目録一の(二)の土地の賃借権と共に譲渡したものであるから、第一審原告は昭和四五年一〇月一五日午前一〇時の当審第八回口頭弁論期日において、賃借権の一部無断譲渡を理由として賃貸借契約解除の意思表示をした。

二、第一審被告関代理人は、次のとおり述べた。

(一)、第一審原告の右一の主張事実中、第一審被告関が李に対して第一審原告主張のとおりの建物および土地の賃借権を譲渡したことは認めるが、その余を否認する。

(二)、土地の賃借人がその地上の建物を土地賃借権とともに譲渡した場合は、右譲渡について土地賃貸人の承諾がなかつたとしても、特段の事情のないかぎり、賃借権の無断譲渡を理由とする賃貸借契約の解除は許されない。けだし、賃借土地の利用状態は利用者が誰であるかによつては殆んど変らず、賃料債権も建物の上に存する先取特権によつて担保されているから、賃貸人の承諾なしになされた建物および土地賃借権の譲渡であつても、賃貸人に対する背信行為とはいえないからである。殊に、第一審被告新世界旅行社は李が四の建物を競落取得する以前から右建物を第一審被告関より賃借してその敷地たる一の(二)の土地を使用しており、また、李は右建物を所有すること僅か一〇日にして第一審被告新世界旅行社にこれを譲渡しているのであり、右敷地の利用状況は従前と全く変らず、土地賃貸人たる第一審原告に対してなんら不利益を与えるものではないから、右建物および敷地賃借権の譲渡は賃貸人に対する背信性を欠くものというべきである。さらに、抵当権実行に基づく建物取得に伴う敷地賃借権の譲渡については、その後施行された借地法九条の三により譲受人から裁判所に対して賃貸人の承諾に代わる許可付与の申立がなされれば、裁判所は、賃貸人に不利益となるおそれがないかぎり、賃貸人の意思いかんにかかわらず、賃貸人に代わつて譲渡の許可をなしうることになつており、このような立法の趣旨に照らしても、右賃借権の無断譲渡を理由とする第一審原告の賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものといわざるを得ない。

(三)、第一審被告関は第一審原告から二回にわけて本件土地を賃借したものであり、李が建物競落に伴ない賃借権の譲渡を受けた一の(二)の土地は二回目に賃借した土地41.96坪(138.71平方メートル)のうちの僅か8.5坪(28.09平方メートル)にすぎないから、右賃借権の譲渡は賃貸人に対する背信行為となるものではない。さらに、右賃借権の譲渡された部分は、賃借土地全部のうちの北西隅にあつて、敷地一杯に四の建物が建てられ、他の賃借部分と明確に区分されており、他の賃借部分を除いてもその利用にはなんら差支えがないのに反し、第一審被告関は、本件土地の賃貸借契約を全部解除されると、第一審被告関をはじめ本件土地上の同人所有の建物に居住している第一審被告尾瀬戸、同田中および同フランス屋は生活の基礎を失つて多大の損害を蒙ることになるのであり、このような場合には、かりに第一審原告の賃貸借契約解除が有効であるとしても、その効力は賃借権の無断譲渡がなされた部分に限定されるべきである。

三、第一審被告新世界旅行社代理人は、次のとおり述べた。

もし第一審被告関の李に対する一の(二)の土地の賃借権無断譲渡が第一審原告に対する関係で背信性を欠くとの主張が容れられないならば、第一審被告新世界旅行社は、昭和四四年六月一〇日午前一〇時の当審第一回口頭弁論期日において第一審原告に対し、四の建物について借地法一〇条による買取請求権を行使したから、右建物の買取代金の支払を受けるまで右建物を留置する。

第三、証拠〈略〉

理由

第一、第一審被告関に対する請求について

一、第一審原告がその主張のとおり第一審被告関に対して二回にわたつて土地を賃貸し、その後第一審原告主張のとおりの経過を経て、昭和三二年四月一五日以降賃貸土地の範囲が原判決添付目録一の(一)の土地となつていたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右賃貸土地の賃料は昭和三二年四月一五日以降一カ月一万九、六六〇円、昭和三三年四月一日以降一カ月二万一、八〇〇円に改められたことが認められ、これに反する証拠はない。

二、第一審原告は、右土地賃貸借契約が第一審被告関の賃料不払いを理由として解除されて終了したと主張するが、当裁判所も右主張を理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決がその理由第一の二および三〈略〉に説示したところと同一であるから、その記載を引用する。

原判決一九枚目―記録七一丁―裏三行目の「信用できず、」の次に、「当審証人円山潔の証言をもつてしても、右認定を覆えすに足りず、」を加える。

三、次に、第一審原告は、昭和四五年一〇月一五日第一審被告関に対し賃借権無断譲渡を理由として右賃貸借契約を解除したと主張するから、この点について判断する。

第一審原告が昭和四五年一〇月一五日午前一〇時の当審第八回口頭期日において第一審被告関に対し、同人が右賃借土地の一部である原判決添付目録一の(二)の土地の賃借権を李恒鐘に無断譲渡したことを理由として右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、記載上明らかである。しかし、第一審被告関が李に対して第一審原告主張の建物とともにその敷地である右一の(二)の土地の賃借権を譲渡したことは、当事者間に争いがないが、右賃借権の譲渡が第一審原告の承諾を得てなされたことについては、原審における第一審被告新世界旅行社代表者本人尋問の結果(第二回)によつても、これを認めるに足りず、ほかに右事実を認めうる証拠はない。

第一審被告関は、同人から李への右賃借権の譲渡は第一審原告に対する関係で背信性を欠くから、これを理由とする賃貸借契約解除は許されないというが、土地賃借人の賃借権の譲渡については、右譲渡が賃借人所有の地上建物の競落取得に伴なうものであつたにせよ、本来賃貸人においてこれを承諾するか否かの自由を有するものであり、ただその譲渡が賃貸人に対する関係で背信性を認めるに足りない特段の事情がある場合にかぎり、右譲渡につき賃貸人の承諾がなくても賃借権の譲受人は譲受人をもつて賃貸人に対抗しうるものというべきである。ところで第一審被告関は右賃借権譲渡のなされた経緯についてるる述べるけれどもかりにその主張のとおりの事実が存在したとしても、これをもつて右にいわゆる特段の事情にあたり、第一審原告に対する関係で全く背信性を欠くものとすることはできない。右賃借権譲渡後施行された借地法九条の三により借地権譲渡の承諾に代わる許可の裁判の制度の設けられたことも、右判断を左右するものではない。よつて、右主張は採用しえない。

次に、第一審被告関は、かりに右賃借権の無断譲渡が賃貸借契約解除の理由になるとしても、解除の効力は無断譲渡のなされた部分に限定されるべきであると主張するから考えるに、〈証拠〉によれば、第一審原告に無断で賃借権譲渡のなされた一の(二)の土地は、第一審被告関の前記賃借地一の(一)の土地50坪4合2勺(166.66平方メートル)のうちの北西隅の一角に位置する8坪5合(28.09平方メートル)の部分であり、当初は第一審被告関所有の四の建物の敷地となつていたが、李恒鐘が右四の建物を競落取得し、さらに第一審被告新世界旅行社が李から右建物とともにその敷地である一の(二)の土地の賃借権を取得して現在にいたつていること、右一の(一)の土地中一の(二)の土地の部分を除いたその余の部分は、二、三および五の建物の敷地として、右建物の賃借人である第一審被告尾瀬戸、同田中および同フランス屋において使用しており、両部分は明確に区分して使用されていることが認められるのであり、このように無断譲渡部分が賃借土地のうち重要ではあるが六分の一に過ぎない一角であることおよびその他の部分が解除されることによつて借地人に重大な損失を及ぼすこと等の事情を考慮すれば、第一審原告の前記解除は、右一の(二)の土地部分についてのみ効力を有し、その余の部分については効力が及ばないと考えるのが衡平の理念に適応すると解するのが相当である。

してみれば、第一審被告関に対する第一審原告の本訴請求は、右一の(二)の土地の明渡しを求める限度において認容しうるが、二、三および五の各建物の収去ならびに一の(一)の土地中右一の(二)の土地部分を除いたその余の土地部分の明渡しならびに一の(一)の土地に対する昭和三五年一〇月一七日から昭和三七年五月七日までおよび右一の(二)の土地を除いたその余の土地部分に対する昭和三七年五月八日から右明渡しずみにいたるまで賃料相当の損害金の支払を求める部分は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

第二、第一審被告新世界旅行社に対する請求について

一、前記一の(二)の土地が第一審原告の所有に属することおよび第一審被告新世界旅行社が四の建物を所有して右土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二、第一審被告新世界旅行社は、右土地につき第一審原告に対抗しうる賃借権を有すると主張するから考えるに、当裁判所も、同第一審被告が李恒鐘から譲り受けた右土地の賃借権をもつて第一審原告に対抗することができないと判断するものであり、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決がその理由第二の二〈略〉に説示したところと同一であるから、その記載を引用する。

(一)、原判決二一枚目―記録七三丁―裏一〇行目の「土地賃貸人は」から同一一行目の「したがって」までを削る。

(二)、原判決二二枚目―記録七四丁―裏三行目の「いわなければならない。」の次に、「なお右賃借権譲渡後に施行された借地法九条の三により借地権譲渡の承諾に代わる許可の裁判の制度が設けられたが、これによつて右判断が左右されるものではない。」を加える。

三、そこで、次に、第一審被告新世界旅行社の建物買取請求行使の主張について考えるに、同第一審被告は、李恒鐘が第一審原告の承諾を得ることなく第一審被告関から賃借権の譲渡を受けた一の(二)の土地につき、さらに第一審原告の承諾なくして李からその賃借権の譲渡を受けたものであり、このような場合にも、現にその土地上に存する建物の所有者たる第一審被告新世界旅行社において借地法一〇条による建物買取請求権を有するものというべきところ、同第一審被告が昭和四四年六月一〇日午前一〇時の当審第一回口頭弁論期日において第一審原告に対し四の建物につき右法条による建物買取請求権を行使したことは、記録上明らかであり、当審鑑定人中村幸雄の鑑定の結果によれば、四の建物の価格は場所的利用価値をも考慮して一二六万円となることが認められる。

してみれば、第一審被告新世界旅行社は、第一審原告から一二六万円の支払を受けるのと引換えに、四の建物を退去して一の(二)の土地を明け渡すべき義務があるものというべきであるから、第一審原告の同第一審被告に対する請求は右義務の履行を求める限度においてこれを認容しうるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

第三、第一審被告尾瀬戸、同田中および同フランス屋に対する請求について

当裁判所も、第一審原告の右第一審被告らに対する請求を理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決がその理由第三の一ないし三〈略〉に説示したところと同一であるから、その記載を引用する。

原判決二三枚目―記載七五丁―裏二三行目の「前記説示のとおりである。」とあるのを「前記説示のとおりであり、また、原告は、右賃貸借契約が被告関の賃借権無断譲渡により解除されたと主張するが、右解除の効力が一の(二)の土地について及ぶにすぎず、二、三および五の建物の敷地であるその余の土地部分に及ばないことは、前記説示のとおりである。」と改める。

第四、よつて、原判決は、第一審被告新世界旅行社に対する第一審原告の請求を認容した点において一部失当であるから、同第一審被告の控訴に基づき、民訴法三八四条、三八六条にしたがって、同第一審被告関係部分を主文第一項のとおり変更し、第一審原告の控訴は理由がないから、同法三八四条一項にしたがってこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、九五条、八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する(なお原判決添付目録一の(一)記載の土地の面積が138.57平方メートル(41坪9合2勺)とあるのは、「166.66平方メートル(50坪4合2勺)」の誤記と認められるから、そのとおり改め、目録四記載の建物は、現況一階24.79平方メートル(7.5坪)、二階28.09平方メートル(8.5坪)であることが、〈証拠〉により認められるから、右現況の記載を付加することとする。)。

(西川美数 園部秀信 森綱郎)

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